2025年の終わり、国の地方創生は、静かに、しかし根本から舵を切りました。新しい全体戦略の名前は、「地域未来戦略」。キーワードは「強い経済」です。
ニュースで名前は聞いたけれど、中身はよく分からない——そういう方が多いと思います。この記事は、まず①地域未来戦略とは何かを、できるだけやさしく整理します。そのうえで②「立派な戦略は、これまでも何度も描かれてきた。なぜ地域は変わらなかったのか」という、少し気まずい問いに向き合い、③その答えのなかに、いまの時代だけが持つ”新しさ”——AIの存在——があることを、お話しします。
私は、地方創生の現場に十年以上います。前職は愛知県庁の職員、いまは新規事業支援の会社で、全国の地域の挑戦に伴走しています。だからこそ、国の追い風を歓迎すると同時に、「この戦略は、本当に実装されるのか」を、誰よりも考えてしまうのです。
そもそも「地域未来戦略」とは何か
地域未来戦略とは、「強い経済」の実現に力点を置いて取りまとめられる、地方創生の新しい全体戦略です。
少し整理します。2025年、国は「地域未来戦略本部」を立ち上げ、同年12月23日に土台となる**「地方創生に関する総合戦略」を閣議決定**しました。戦略全体は、2026年夏を目途に取りまとめられます。つまり、いままさに中身が固まっていく局面です。
位置づけとしては、これまでの「デジタル田園都市国家構想」の後継にあたります。対象は2025年度からの5か年。地域ごとに産業をかたまり(クラスター)として育て、地方に大胆な投資を呼び込み、地場産業の付加価値を高める——大づかみに言えば、そういう戦略です。
何が変わったのか ──「是正」から「成長」へ
ここが、いちばん押さえてほしい変化です。
これまでの地方創生のいちばんの目標は、**「東京一極集中の是正」**でした。東京に人が集まりすぎているから、その流れを地方に向け直そう、という発想です。言いかえれば、地方を”守る”政策でした。
地域未来戦略は、ここを大きく踏み込みます。中心に置かれたのは、**「稼げる地方をつくる」**こと。象徴的なのが、新しい代表目標(KPI)です。
東京圏以外の「働く人ひとりあたりの生産性」の伸び率を、2029年までに東京圏以上にする。
これまで地方創生の代表指標だった「東京への人の出入りを均衡させる」は、主役の座を退きました。地方を”守る”対象から、“稼がせる”対象へ。 これは、言葉づかいの変更ではなく、思想の反転です。
| これまでの地方創生 | 地域未来戦略 | |
|---|---|---|
| めざすこと | 東京一極集中の是正(守る) | 強い経済=稼げる地方(攻める) |
| 代表の目標 | 東京への転出入の均衡 | 地方の生産性の伸びが東京以上 |
| 中心の手段 | 多様なコミュニティ支援 | 産業クラスターの形成 |
| 人の流れ | 移住で「呼び込む」 | 副業・二地域居住で「分かち合う」 |
制度の骨格 ──3つのクラスターと、新しい交付金
「強い経済」を形にする中核が、3つのタイプの産業クラスターです。
- 戦略産業クラスター … 国が定めた成長分野(半導体やGXなど)。熊本のTSMC、北海道のラピダスのような、大規模投資が引っぱる型。
- 知事主導クラスター … 都道府県が旗を振り、複数の市町村連携や中堅企業支援といった国の制度を、戦略的に使いこなす型。
- 地場産業の底上げ … いまある産業の付加価値を高め、既存のかたまりを広げる型。
財源では、これまでバラバラだった地方創生の交付金を見直して束ねる**「地域未来交付金」を新設。あわせて、これまで支援の谷間に落ちがちだった中堅企業**(従業員2,000人以下)も新たに支援対象になりました。数字も意欲的で、農林水産物・食品の輸出とインバウンドの食消費をあわせて2030年に3倍、訪日外国人6,000万人、といった目標が並びます。
ここまでが、国が描いた「絵」です。完成度は、正直、これまでで最も高いと思います。ロジックも、数字も、よく練られている。
——けれど、ここで一度、立ち止まりたいのです。
立派な戦略は、これまでも何度もあった
地域未来戦略は、「官民連携」「民の力を活かす」を、はっきり前面に打ち出しています。心強い言葉です。
でも、正直に書きます。これらは、決して新しい言葉ではありません。
「官民連携で地域を変える」「民間の力で稼ぐ」——これは、2014年に地方創生が始まって以来、ずっと「鍵だ」と言われ続けてきたことです。私は県庁で、その旗のすぐ下にいました。連携のための会議体はいくつもでき、立派な計画書が何冊も書かれ、予算もつきました。
それでも、「官民連携で地域が変わった」と胸を張れるかと問われると、私は答えに詰まります。理想と現実のあいだには、ずっと、埋まりきらない乖離がありました。
なぜ、その乖離は埋まらなかったのか。県庁を離れたいまも、私はこれを考え続けています。そして、ふたつの理由に行き着きました。
ひとつ目は、「自分がやる」と腹をくくる一人がいなかったこと。 「みんなで連携しよう」は、誰も反対しない総論です。でも総論は、それだけでは誰の行動にもなりません。どれだけ立派な旗を掲げても、現場で「これは自分がやる」と最初の一歩を踏み出す一人がいなければ、何も始まらない。
ふたつ目は、たとえその一人がいても、構想を形にする力が地域になかったこと。 アイデアを実際に動くものへ変えるには、専門の知識や技術が要りました。地域にそれは足りない。だから外注する。東京のコンサルや開発会社に委ねる。そうして外注された理想は、誰の当事者意識も育てないまま、報告書のなかに静かに収まっていきました。補助金がついている間は事業が回り、補助金が切れた瞬間に止まる——この光景を、私は何度も見てきました。
これは、誰かの怠慢ではありません。理想を実装するための条件が、まだ揃っていなかった。 ただ、それだけのことだと思っています。
だとすれば、地域未来戦略という追い風の、本当の新しさはどこにあるのか。私は、戦略の中身そのものにあるとは思っていません。 この戦略が、長年埋まらなかった乖離を埋める条件が、史上はじめて揃いつつある時代に出てきた——そこにこそ、本当の新しさがあると考えています。
その条件とは、ふたつの鍵です。
いま、ふたつの鍵が、同時に揃った
ひとつ目の鍵は、意思を持った個人。
地域の危機が叫ばれ続けるなかで、「自分の愛する地域を、自分でよくしたい」と、自ら動き出す個人が、いま全国で確かに増えています。これは、私がこの目で見ている現実です。
そしてもうひとつの鍵が、AIです。
ここで、多くの方がこう思うはずです。「AIって、業務効率化の話でしょう?」「資料作成が速くなる、議事録が要約できる、そういうことでしょう?」——その通りです。それはAIの第一の効用です。でも、地域の現場でAIを動かしているうちに、私のなかに、もっと大きな感覚が立ち上がってきました。
それは、こういうことです。
これまで地域の課題を解こうとすると、必ず東京の専門家が必要だった。それが、要らなくなりつつある。
抽象的に聞こえると思うので、三つの場面で具体的にお話しします。ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。
AIは、地域の何を変えるのか ──三つの場面
場面①:地域の中小企業が、新しい商品をネットで売りたい。
これまでなら、選択肢は限られていました。ECの専門家を東京から呼ぶか、コンサルに頼むか、補助金を取って外注するか。地域の側に内製する力がなく、必ず外の力を借りるしかなかった。そして外注した事業は、お金が続く間だけ回りました。
いまは、AIと対話しながら、商品ページのコピーも、写真の整え方も、検索対策も、広告の出し方も、社長自身が組み立てていけます。プロには及ばない部分はある。でも、「東京の専門家を呼ばないと一歩も動けない」時代は、もう終わりつつあります。
場面②:地域の自治体が、住民向けの新しいサービスを始めたい。
これまでなら、開発会社に発注し、数千万円の予算を組み、何年もかけて仕様書を書き、開発が終わるころには時代が変わっている——そんなプロセスが当たり前でした。
いまは、職員自身が、その場で動くプロトタイプを作れます。要件を伝えれば、AIが画面を組み、半日で「とりあえず動くもの」が立ち上がる。それを住民に見せて、「ここが使いにくい」と言われたら、その日のうちに直す。完成品ではなくても、試しながら育てることが、信じられないコストでできるようになりました。
場面③:そして、いちばん大事なこと。地域の課題感が、翻訳されずに形になる。
地域の課題は、そこに住んでいる人にしか、本当のところは分かりません。何が困っているのか、何があれば嬉しいのか。これは、その場で暮らしていないと掴めない「肌感」です。
これまで、地域の人が課題を感じても、それを形にするには東京のベンダーに伝える必要がありました。そして伝える過程で、課題はぼやけます。地域の人の「なんとなく、こういうのがあったらいいな」が、「要件定義」「仕様書」に翻訳される過程で、いちばん大事なニュアンスが、必ずどこかで抜け落ちる。出てくるものは、条件は満たしているけれど、どこか違う、何か違う。
AIと地域の人が直接対話するとき、この翻訳が消えます。地域の生活実感が、純度の高いまま、そのまま形になる。 これは、東京のベンダーにも、世界のテック企業にも、絶対に届かない領域です。なぜなら、彼らはその地域に住んでいないから。
——この三つの場面に共通しているのは、ひとつのことです。これまで首都圏に偏っていた「理想を実装する力」が、地域に立つ一人の個人の手元にまで、降りてきた。 大きな会社にいなくても、東京に出ていかなくても、自分の地域で、自分の理想を、自分の手で形にできる。そういう時代が、もう来ています。
だから、戦略家ではなく「実装家」だ
ここまで来ると、ひとつのことが見えてきます。
AIは、戦略づくりも民主化しました。いまや誰でも、AIと数時間向き合えば、驚くほど整った戦略を描けます。分析も、フレームワークも、市場の読みも。だとすれば——綺麗な戦略を作ること自体の価値は、もう昔ほど高くない。
これは嘆くことではありません。次に向かう場所が、はっきりしたということです。これからの地域で本当に希少なのは、戦略そのものではない。描いた戦略を、現実にする力です。
私は、その「実現する力」は、ふたつの段でできていると考えています。
ひとつは、「自分がやる」と腹をくくり、協力者を巻き込みながら動く力。 地域の事業は、絶対に一人では成り立ちません。行政の担当者、地元の経営者、移住してきた若者、志あるスタートアップ——立場も見ている景色も違う人たちが、同じ未来を向いて手を動かす。そうなって初めて、紙の上の戦略は、現実の事業に変わります。そして、ここにAIには決して代われないものがあります。AIは見事な戦略を出力できても、人の心は動かせない。信頼を築き、現場に「やってみよう」の火をつけ、最初の一歩を一緒に踏み出す——これは、地域に足をつけて立つ生身の人間にしかできない仕事です。
もうひとつは、その意思を、AIを使いながら、自らの手で実装する力。 さきほどの三つの場面が、まさにこれです。
このふたつを持つ人を、私は**「地域未来実装家」**と呼びたいと思っています。
国が「戦略」を描き、地域が「実装」で応える
ここで、最初の話に戻ります。
地域未来戦略は、とても大きな絵を描きました。けれど、構造上、その絵はどうしても地方の中核都市に厚くなりがちです。実際、生産性の目標には札幌・仙台・広島・福岡といった大都市も含まれます。では、クラスターの絵に乗りきれない中山間地や、小さな事業者は、どうやって「強い経済」に参加するのか。
ここに、答えがあります。
国が「地域未来戦略」という方針を描くなら、地域の現場は「地域未来実装」で応える。 クラスターや交付金という大きな仕組みに乗れる地域は、それを使えばいい。乗りきれない地域は、意思を持った一人が、AIを手に、自分の課題を自分の手で形にしていけばいい。戦略という絵を、地図の隅々まで塗り切るのは、机の上の戦略家ではなく、現場の実装家の仕事です。
長いあいだ埋まらなかった理想と現実の乖離を、いま、意思を持った個人とAIが、同時に埋めようとしている。地域未来戦略が本物の追い風になるかどうかは、戦略の出来ではなく、この実装家が、地域にどれだけ現れるかにかかっている。 私はそう考えています。
まとめ
- 地域未来戦略は、地方創生を「強い経済」の枠組みで描き直した国の新方針。2026年夏に取りまとめ。
- 最大の変化は、一極集中の**「是正」から、生産性の「成長」へ**の軸足の移動。中核は3つの産業クラスターと地域未来交付金。
- ただし、「官民連携」「民の力」は新しい言葉ではない。これまで地域が変わらなかったのは、「自分がやる一人」と「形にする力」が地域になかったから。
- いま、その乖離を埋めるふたつの鍵——意思を持った個人とAI——が、同時に揃った。AIは、首都圏に偏っていた「実装する力」を、地域の一人の手元に降ろした。
- だから、これからの地域に必要なのは、戦略家ではなく実装家。国が戦略を描き、地域が実装で応える。
人口が減っても、規模ではなく密度と創造性で豊かでいられる地域。そこでは、行政も企業も個人も、みんなが少しずつ実装家になっている。国が大きな方針を描いた、いまだからこそ。
戦略は、もう十分に描かれています。あとは、巻き込んで、動くだけ。 ——その分岐点に、あなたの地域も、立っています。
よくある質問(FAQ)
Q. 地域未来戦略とは何ですか? A. 「強い経済」の実現に力点を置いた、国の新しい地方創生の全体戦略です。土台の総合戦略は2025年12月に閣議決定され、戦略全体は2026年夏に取りまとめられます。
Q. これまでの地方創生と何が一番違いますか? A. 東京一極集中の「是正」より、地方の生産性・GDPの「成長」に力点が移ったことです。地方を”守る”から”稼がせる”への転換と言えます。
Q. デジタル田園都市国家構想との関係は? A. 後継にあたります。同構想の総合戦略を、法に基づいて変更したものが今回の総合戦略です。
Q. 自分の地域や会社は、何から始めればいい? A. クラスターや交付金の活用を検討しつつ、それを「待つ」だけにしないこと。「自分がやる」と決め、人を巻き込み、AIを手に小さく実装し始める——その一歩が、これからの地域の差を生みます。